アドテック株式会社

1.犬ジステンパー(Canine Distemper)

(1)原因
病原ウイルスはパラミクソウイルス科のモルピリウイルス属に所属するイヌジステンパー(CD)ウイルスです。

(2)発生状況
 1905年Carreが初めてウイルス病原説を提唱し、1926年Dunkin&Laidlowのフェレットでの感染実験により病原説が確立されました。我国でが、1951年に佐々木がハムスター脳継代で初めてウイルス分離に成功し、その後、1958年には渋木および金子がフェレット継代による分離例を追試・確認しています。
 本病は、母体からの移行抗体が消失した若齢犬に多発し、主として寒冷期に発生しやすいとされています。
少し以前の成績ですが、ワクチン未接種犬でCD抗体を保有するものが、50%前後と極めて高率に認められていました。(表1)
 その後、かなり多くの犬にワクチン注射が実施されるようになりましたが、現在においても当社に送付されてくる野外材料の検査成績から、なお、野外での感染流行が数多く見られると判断されます(表2)。


(3)臨床症状
 接触または飛沫伝染によって感染し、3〜6日の潜伏期の後、発熱、眼や鼻の水溶性分泌、くしゃみ、元気消失、一時的な下痢を呈します。体温降下と共に治癒に向かいます。
 しかし、細菌などの二次感染があれば諸症状が憎悪して重症となり、二峰性の発熱、鼻炎、結膜炎を呈し、膿様分泌物、くしゃみと発咳を頻発し、呼吸速迫、元気喪失、食欲廃絶、体重減少、衰弱、嘔吐や粘液性および血液の混じった下痢などを呈しますと予後不良となります。

(4)剖検所見
 実験感染例では肺に軽度の気管支炎と気管支肺炎が見られる程度であり、自然感染例では他の病原体の二次感染を受けるのが通例です。
 それに対する治癒処理の適否も関係して、症例によっては輻湊した重篤な病変を示します。

(5)診断
 1)臨床診断
本病を臨床的に確定診断することは難しいと考えられますが、年齢(60日歳〜1歳で好発)と上記症状とで検討をつけます。

 2)封入体の検出
鼻粘膜、舌、結膜、瞬膜、膣などの掻爬材料の塗沫標本をヘマトキシリン・エオジン染色し、鏡検により封入体の有無を観察します。抹消赤血球に封入体が観察される例もあります。

 3)ウイルス分離
従来は、血液、咽喉頭部スワップおよび肺、気管、扁桃、脳などの組織乳剤をフェレットの脳内またはVero細胞あるいは初代犬腎培養細胞に接種していましたが、検出率等実用性に問題がありました。しかしながら、最近は新鮮脱線血からのバフィーコートを、B95a細胞と共同培養(Co-culture)することにより、検出率が高まるとされています。

 4)血清学的診断
中和テスト: 急性期と回復期のペアー血清について、発育鶏卵尿膜上またはVero細胞を用いて中和抗体を検出します。
ELISA法 or IP法: これらの抗体測定法も開発されており、特に後者は簡便で中和抗体価との相関が良いと言われています。
蛍光抗体法: 病犬の鼻粘膜、舌、結膜、瞬膜、膣、バフィーコートなどの材料を塗沫標本とし蛍光抗体直接法あるいは間接法を実施し、ウイルス抗原を証明します。

 5)その他
PT-PCR法: 抹消血液、直腸スワブ、咽喉頭スワブなどからRNAを取り逆転写酵素により、cDNAに転換した後PCR法で増幅して、ウイルスRNAの存在を証明する方法も開発されています。


(6)治療
 細菌の二次感染防止のために抗生物質の投与を行います。
 対症療法と適切な飼育管理の指導を行います。

(7)予防
 生ワクチンを適期に接種して予防します。
 京都微研のジステンパー生ワクチンの製造用株、DEF-HC株は、国内分離株を鶏胚馴化。
ハムスター腎細胞・鶏腎細胞継代により、当社の技術陣が弱毒化に成功してワクチンとしたものです。



表1 犬ジステンパーウイルスの抗体保有状況
年代 ワクチン
接種の有無
中 和 抗 体 価 陽性数
/検査数
<10 10〜
50
50〜
250
250〜
1,250
>=1,250 幾何平均
1985 未接種 25 4 11 7 2 28.0 24/49 49.0
接種 3 0 7 1 3 108.6 11/14 78.6
28 4 18 8 5 37.8 35/63 55.6
1986 未接種 51 8 10 10 21 39.4 49/100 49.0
接種 6 2 7 13 22 319.2 44/50 88.0
57 10 17 23 43 67.4 93/150 62.0
1987 未接種 16 4 11 5 2 35.9 22/38 57.9
接種 4 0 3 4 2 102.7 9/13 69.2
20 4 14 9 4 46.9 31/51 60.8
総計 未接種 92 16 32 22 25 35.4 95/187 50.8
接種 13 2 17 18 27 216.6 64/77 83.1
105 18 49 40 52 60.6 159/264 60.2
 抗体陽性値:中和抗体価>=1:10  国分ら(1987)昭和62年東京獣医畜産学会報告

表2 最近の野外のジステンパー自然発生例
株名 分離年 由来 分離地域 品種 年齢 症状 経過
M-N 1982 鼻汁 和歌山県 雑種 3ヶ月齢 神経症状 死亡
201 1982 扁桃腺 京都府 雑種 2ヶ月齢 鼻汁・目やに・呼吸器症状 死亡
1153 1983 京都府 プードル 2ヶ月齢 神経症状・下痢・食欲低下 死亡
6083 1991 扁桃腺 堺市 シーズー 92日齢 下痢・嘔吐 死亡
6575 1992 名古屋市 G・レトリバー 80日齢 呼吸器症状→チック 死亡
9518 1995 郡山市 R・レトリバー 77日齢 食欲廃絶・痙攣 死亡
351 1996 名古屋市 柴犬 3ヶ月齢 呼吸器症状・痙攣 死亡
TH7 1997 単核球 吹田市 G・レトリバー 2ヶ月齢 チック 安楽死
851 1997 単核球 北九州市 シーズー 2・3歳 食欲不振・結膜充血 不明
866 1997 単核球 亀岡市 キャバリエ 3ヶ月齢 発熱・軟便 不明
YA7 1997 単核球 宇治市 M・ダックス 1.5ヶ月齢 チック・発熱 死亡
TA893 1997 単核球 宗像市 シーズー 100日齢 元気・食欲不振 不明
HA7 1997 単核球 京都市 R・レトリバー 50日齢 チック・発熱 不明
1095 1997 単核球 宗像市 キャバリエ 3ヶ月齢 ハードパット・鼻水 治癒
1108 1997 単核球 八戸市 G・レトリバー 3ヶ月齢 発熱・喘鳴・鼻水 死亡
1146 1998 単核球 日進市 G・レトリバー 2ヶ月齢 下痢・発作 不明


2.京都微研ジステンパー生ワクチンによる免疫

 ジステンパー生ワクチン製造用株であるDFH-HCは、当社の関連する4製品(”京都微研”キャナイン-3、”京都微研”キャナイン-5、”京都微研”キャナイン-8、および”京都微研”キャナイン-9)すべてに共通して使用されており、以下の免疫に関する記述は、これら4製品に対して共通して当てはまるものです。


3.移行抗体と注射時期

 犬ジステンパーに対する抗体を、移行抗体として母犬から受け取った子犬において、成長に伴って体内の血中抗体価は減衰するが、子犬の月齢と抗体価との関係を示す減衰曲線は次図のような直線関係を示すといわれています。(図1)
 当社に検査依頼で持ち込まれる血清について、ワクチン非注射の最近の事例について見ると、生後2ヶ月齢での抗体保有率は12頭/63頭(19%)であり、3ヶ月齢では0頭/76頭という成績があります。
 また、当社製品に関して再審査を受けるために、最近実験された試験成績からは、2ヶ月齢でのワクチン注射に対して、24頭/80頭(30%)が抗体応答を示さず、3ヶ月齢の注射では14頭/100頭(14%)が抗体応答を示さなかったという成績があります。


図1 子犬の加齢に伴う移行抗体の減衰

子犬の月齢


4.ジステンパーウイルス遺伝子の変異

 東大の甲斐らの研究グループである岩槻ら(1997年)により、野外の自然感染例より分離したCDVについて、H蛋白をコードする遺伝子の塩基配列が調べられ、既存のワクチン製造用株や海外のイヌあるいはその他の動物由来のCDVとの比較解析がなされました。
 その成績からCDVの遺伝子系統樹が示されています。(図2)


図2 近年分離されたCDVの遺伝子系統樹



 これらの成績から、甲斐らのグループはCDVのH蛋白に異変が起こっており、これが既存のワクチン製造用株との中和試験における交差性低下の原因であるとし、ワクチン注射犬でジステンパーが発生する原因に関わっている可能性があると言及しています。
 しかしながら、当社研究陣が最近野外より分離したCDVについて解析した試験成績では表5に示すように、確かに交差中和性が低下している株も一部に認められます。その程度は株により種々であり、またワクチン注射により免役した犬を最近の野外分離株で攻撃した場合、分離株による感染・発症は防御できます。
 このことから、直ちにワクチン製造用株を変更しなければならない状況ではないと判断しています。(表3) 


表3 ワクチン株と野外分離株との交差中和試験

※ 近年の野外分離株(表2参照)



 また、前述の甲斐らは図2の系統樹から、日本国内で最近分離されたCDVのH蛋白の変異は、日本国内のみの閉鎖された地理的条件の中で生じており、変異株が海外から伝播されたものではないという興味ある結論を導いています。
 このことは、過去に遡って日本に分布するCDVもまた、日本国内で固有の変異を遂げてきたと推察され、当社のワクチン製造用株あるいはその元株である40数年前の野外分離CDVを解析した場合、この図2の系統樹の何処に位置するかは大変興味深いことです。
 甲斐らが解析に用いたCDVワクチン製造用株は、いずれも海外の分離株から作出されたものです。
 このことが、甲斐らのグループと当社の研究陣の考え方に幾分の差異を生じている原因なのかもしれません。


5.野外株と各種ワクチン株との識別

 当社技術陣により、ジステンパー診断のための新しい手法として、RT-PCR法の応用が検討され、ウイルス分離に変わる遺伝子診断法が確立されました。
 すなわち、ジステンパーウイルス(CDV)遺伝子の種特異性の高い領域を選定し、その領域のRNAをc-DNAに変換増幅して検出する方法です。
 使用されるプライマーと反応条件は次図に示しました(図3)。
 この方法の診断法としての価値を調べる目的で、CDV実験感染犬由来の臨床材料を用いて検査しました。
 その結果、血液・鼻スワブ・直腸スワブから効率よくCDV遺伝子が検出され、従来法である培養細胞を用いたウイルス分離よりも、はるかに高感度であることが示されました(図4)。
 また、CDV感染を疑って送付されてきた、日本各地の飼育犬からの臨床材料について、このRT-PCRを実施したところ50例中29例、58%が陽性という成績が得られました(表4)。

 次に、このRT-PCR法により増幅されたc−DNAについて、種々の制限酵素による切断パターンを検討し、3種類の制限酵素(AluT、TspETおよびNlaV)の切断パターンを組み合わせることにより、野外流行ウイルス株と各社のワクチン株とを、それぞれ識別することが可能となりました(図5、表5)。


                図3 CDV遺伝子検出のためのRT-PCR法




----------------------------------------------------------------------

             図4 CDV実験感染犬材料よりの遺伝子検出



----------------------------------------------------------------------
表4 RT-PCRによる飼育犬材料からのCDV遺伝子検出


----------------------------------------------------------------------
          図5 CDV遺伝子の制限酵素切断パターン

----------------------------------------------------------------------

       表5 制限酵素切断パターンによるCDV株間の識別


★出典:“京都微研”キャナインーワクチン技術資料
(株式会社 微生物科学研究所)


Copyright (c)2003 ADTEC,Inc All Rights Reserved.